✔️やりたいことをしているはずなのに、なぜか満たされない。
✔️「夢だった仕事に就いたのに、心が重い」「好きなことのはずなのに、気分が沈む」。
そんな違和感を抱えながら日々を過ごしていませんか?
もしかすると、その原因は「自己肯定感の低さ」や「自分との対話の不足」にあるかもしれません。
どれだけ環境を整えても、外側からの刺激だけでは心は満たされません。
大切なのは、自分の内側に目を向けること。
本当に欲しかったものは、“楽しいこと”ではなく、そのときに感じる”気分”なのです。
この記事では、自己否定から抜け出し、自分を肯定しながら生きるための視点と、自己対話によって「ほんとうに欲しいもの」に気づくヒントをお届けします。
楽しいはずなのに、心が晴れないあなたへ
「やりたいことをしているのに、なぜか心が満たされない」と感じたことはありませんか?
SNSでは毎日のように「やりたいことを仕事にしよう」「好きなことで生きていこう」といった言葉が飛び交います。
けれど、実際に好きなことをやってみたのに、なんとなく虚しさや焦りを感じる——そんな声も少なくありません。
それは、私たちが「本当に欲しいもの」を取り違えてしまっているからかもしれません。
自己肯定できないまま始めると、楽しいことが苦しくなる
自己肯定感が低かった頃のハッピーちゃんは、常に人と自分を比べては、「自分は劣っている」と感じていました。
よく言われる「比較や競争」は、自分に自信がある人がするものと思っていたのです。
自己否定が強すぎると、そもそも競争の場にすら立てません。
どんなに楽しいはずの活動でも、「自分は下手だ」「みんなの足を引っ張っている」と思いながら過ごしていたら、それはもう「苦行」です。
大好きなダンスの練習の時間、準備の時間、すべてが自己否定を強める材料になってしまいます。
本番の2時間より、練習の98時間が大切
たとえば、ライブステージに立つための準備をするとしましょう。
本番のステージはわずか2時間。
けれど、それに向けた練習時間は、毎日7時間×14日間で合計98時間にもなります。
その98時間を「自分はダメだ」と思いながら過ごしてしまうと、本番の2時間で得られる喜びはまるで砂漠での一杯の水のように感じられ、依存的になってしまいます。
人からの賞賛で「自分は価値がある」と感じたい。
そう思うほど、また自己否定に戻ってしまう——この繰り返しでは、心がすり減るばかりです。
自己対話で練習が「苦行」から「喜び」に変わる
では、どうすればいいのでしょうか。
答えは「自己対話」にあります。
自分の中でこう問いかけてみてください。
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私は何のために練習しているのか?
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この時間、どんな気持ちで過ごしたいのか?
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目指したいのは「他人の評価」?それとも「自分の満足」?
他人と比べて自分を責めるのではなく、「過去の自分」と比べて、どれだけ成長できたかを見る。
そうすることで、自己肯定感は少しずつ積み上がっていきます。
「楽しいこと」そのものではなく、そこで感じたい“気分”が欲しい
自己肯定感が低いとき、私たちは「楽しいこと」「すごいこと」「認められること」を追いかけがちです。
でも、実は本当に欲しているのは、それらを通して感じられる「気分」なのです。
たとえば、
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自由を感じたい
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成長を実感したい
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誰かとつながっていたい
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喜びを共有したい
その気分を味わいたくて、「楽しいこと」を探しているのです。
外ではなく、内に目を向けることが自己肯定の第一歩
外に目を向ければ向けるほど、足りない自分、劣っている自分が見えてきます。
でも、内に目を向けると、「できるようになったこと」「自分らしさ」「小さな変化」が見えてきます。
鬼は外、福は内——これはまさに、自己対話と自己肯定の関係に通じています。
外に答えを求めるのではなく、自分の中にある感覚を信じる。
これこそが、「ほんとうに欲しいもの」へとたどり着く方法です。
まとめ|「楽しいこと」でなく「満たされる気分」を大切にしよう
楽しいことをしているはずなのに心が晴れない理由は、それが「本当に欲しいもの」ではないから。
欲しいのは、「そのときに味わう気分」「自分を肯定できる感覚」なのです。
好きなことをしているはずなのに辛いなら、一度立ち止まって、自分との対話をしてみてください。
そして、「誰かの目」ではなく、「自分の感覚」を信じてみてください。
あなたが本当に求めているのは、出来事そのものではなく、その中で得られる「自己肯定感」や「内側から湧き上がる満足感」なのかもしれません。
